今は最新作の『クララとお日さま』が平積みになっていますが、
私はそのひとつ前の長編『忘れられた巨人』を読みました。
以下少しネタばれします。
時はアーサー王の亡き後、あるイングランドの小さな村から始まります。
人々は丘の斜面に掘った穴を住居とし、ひっそりと暮らしています。
一見これといった事件もなく、平和な村に見えますが、
実はある奇病が蔓延しつつあるのです。
それは人々が記憶を失っていくということ。
遠い記憶だけでなく、ついさっき起こったことも忘れてしまうのです。
原因は、湖に住み着く竜が吐き出す霧のせいだと、まことしやかに囁かれています。
楽しかった思い出が消えてゆくのは耐えられない。
その前に、大事な息子に会いに行こう。
と、今は別の村に住む息子に会いに、ある老夫婦が旅に出ます。
その旅の道中で、竜退治の任務を負った騎士や、不思議な力を宿した少年に出会います。
色々な人に会う中で、もう忘れたと思っていた記憶が少しずつよみがえってきます。
なぜ息子は出て行ったのか。
なぜこんな危険を冒してまで息子に会いに行くのか。
記憶がよみがえるにつれ、忘れたかったことも引きずり出されます。
それは、否応なく過去の自分と向き合うこと。
そこから今の自分と過去の自分の葛藤が始まります。
仲睦まじい老夫婦にも霧が晴れる時がやってきました。
お互いがお互いを自分以上に大切に思う今の気持ちには嘘はない。
けれども…
夫は妻に言います。
過去に何があったとしても、今の気持ちを忘れないでいてくれと。
人は過去を忘れて生きていけるものだろうか。
過去を忘れられるからこそ、生きていけるのだろうか。
物語の中ではブリトン人とサクソン人の民族同士の戦いについても語られます。
平和を目指すなら、記憶をはっきりさせ事実を明らかにすることに労力を使うのか。
事実は最良ではないかもしれないし、もう分からないかもしれないけれど。
または寝た子は起こさぬ方がよいのか。
人と人との関係から、民族、国家間の有り方において、
たぶん昔から通底しているであろうテーマ。
答えは出ないけれど、とても考えさせられる一冊でした。
『忘れられた巨人』カズオ・イシグロ
原題:『The Buried Giant』 早川書房
長文お読みいただき、ありがとうございました。
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